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「 限りなく少なく 」豊かに生きる
栗林公園spring2016
photo : 栗林公園 (高松・香川県) 2016


心を痛めていた一つの問題を片づけて、
満開の桜の季節の故郷を楽しもうと、
高松のホテルに一泊することにした。
東京を離れる際に、
もしかすると滞在延長することになるかも・・・
と思って、
一応ホテルは予約を入れておいた。

地元中学の時の親友に会って、
自分の急な帰郷の目的を、手短に説明し、
駅まで送ってもらった。

短い時間であったけれど、暖かい彼女の存在で
朝から緊張して、動悸の激しかった私の心が
ようやく安定していくのを感じた。

春の穏やかな故郷の山。
そして、そのふもとにある両親の墓参りを
今回は状況から判断し、避けることにしたので
高松までの列車を待つ間、じっと眺めていた。

そのJRの駅は、母が亡くなったそのお葬式が終わって
2歳になる息子を連れて、
入院している父の見舞いに行くとき利用して以来の
駅の風景だった。

あの夏の日、線路を歩いていた
白いピケの帽子をかぶって、
おニューの靴を履いていた息子の姿が
タブって見えてきた。


時の流れは人を変える。

夕方 17時過ぎの列車は
瀬戸内海の海岸線を走り、高松に向かう。
山々の緑の中に  
満開の桜のうすピンク色と
海の向こうに沈む夕日の茜色の
この穏やかな故郷の春の風景が
とげとげにとがっていた私の心を
少しつつ溶きほぐしていく。

私にくれた、天国の父からの
もう一つの贈り物のような気がした。


高松では、二人の友人とそれぞれ別々に会う。

リュックの中に入れておいた本、
ドミニック=ローホー著
『 「限りなく少なく」豊かに生きる 』


その中に書かれていた言葉
~ 「人間関係」を少なく、ゆるやかに~
  あなたは、何もかもすべてを   
    洗いざらい話す必要はありません。
    人生を人に頼らず
    自分らしく生きていこうと歩み始めた人だけが、
    自らの「秘密」に近づくことができるのです。
    その胸の内を、
    なにも他人に明かす必要はないのです。
  
  

そう
友人を含むすべての 「他人」 に対して
自分の置かれている状況を
すべて話す必要などないのに、
昨日と今日の私は、やはり
どこか自分を失っていたのかもしれない。


そして、
一晩過ごしたホテルの部屋で、
暖かく晴れた朝を迎えた。
本当に、桜を見るには絶好の日だ。
もうこんなタイミングで、故郷の春を過ごすことなど
この先もうないかもしれない。。。。。
というどこかぎりぎりの切なさを抱えている私。

昨日会った高校時代の同級生の彼女と
栗林公園を散策することにした。
たくさん歩いて、たくさん話をした。
もっとも話題は、「家族」とは何か
という眼前にある私の抱える話題だった。

結局のところ、
お互いが似通った性格だったのが災いして
私は、慎重さを欠いて、
今回のことについて、「何もかも洗いざらい説明しよう」
として、
彼女に、「その胸の内を、他人に明か」そうと
一生懸命になってしまって、( 否、「ムキになって」)
アドバイスを ( というより、反論 )していた彼女も
( それを望んでいない )私も、
しまいには疲れてしまっていた。

なぜなら、
私は、彼女がただ、静かに
聞いてくれているだけで十分だったのだから。
そう、昨日の中学の親友のように。。。。。。

そうはいっても、長い付き合いの友人。
なんだかんだと言いながら
大事な友達である。


とにかく
私の人生は、新たなスタートを切った。
2016年4月の春の日。
故郷、讃岐の春の風景は
ずっと忘れない。

  故郷は、遠きにありて思ふもの






harekumori_20071026030115.gif
H 20.8
L  8.9







2016/04/06(水)


最後の春休み
20160405234350564.jpeg

photo: 高校の先輩が渋谷の松濤美術館の公募展に入選したので
観に行った時の絵( 2月下旬)
題材は、亡くなった高校の親友との懐かしい高校時代の想い出を描いているとのこと。




愚息の進路が決定し、
4月8日 (金) が入学式だ。

色々、親はヤキモキ心配して
最悪の覚悟もしていたが、
息子自身が決めた自分の進路だから、
彼はこれから頑張ってくれるだろう。
結果オーライなのかもしれない。

あとは、母の私自身の進む道の獲得と決定だ。

それも、
この3月辺りから、前に向かって進む気力と自分を信じる精神の安定が戻ってきた感覚がある。

地に足をつけた安定感というか、
それに近づきつつある精神の安定

何より、自分が歩んで来た経験に基づくぶれない自信。
自分を信じる姿勢。


死ぬ時まで向上しようとする姿勢。

後悔のない人生でありたい。
もちろん無理のない自分のできるところまで。

無茶な向上心というのではない。


ここ数日の間に
まるでドラマのような悲惨なことが自分に起った。
それを解決するために
逃げずむかっている。

急なことだが、
故郷の家が壊されることになった。

私は父の遅い末娘であったため、
( まあ、私自身も晩婚だったから ) 息子が2歳の時、20世紀最後の年に
両親が相次いで亡くなった。

だから、息子には直接の祖父母との想い出は残っていない。
あれから、私たち親子はそれを寂しいと思う余裕もなく駆け抜けてきた。

故郷の家。
今ある家は私が小学五年生の時に
公務員だった父の退職金を担保にして、建てたものだ。
だから、末っ子の私が一番長く両親と生活を共にしていた家だった。


でももう
本当に訣別だ。
私のマラウイから持ち帰った物や
色んなこと。
そして人。

一つの終焉を迎える。


もちろん、ずっと両親のお墓参りはするだろうし、
親戚との心優しい交流は続くけれど

私が死ぬ場所は、故郷ではないという訣別の気持ち。

そんなことや週末突然、我が家に尋ねてきた姉たちとのやりとりを思い出し、
突然、涙がこみ上げてきた。

幼い頃の無邪気な人間関係を
ずっと持ち続けることの難しさと愛おしさとが、ない交ぜになって
すごくかなしくなった。

そういう感情を乗り越え、消化し
新しい自分の人生を始めて行くのだ。

潔い戦前生まれの父の生き方を、昭和生まれの私が生き方の手本として
踏襲していく。

そんな静かな決心。





kumori_20160407033313d60.gif
H 19.1
L 14.4
2016/04/05(火)



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